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頑張れ頑張れ(加油加油)

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今年も内モンゴルのこども達から沢山の手紙が届きました。(手紙の拡大図が見たい方は、HPに掲載してありますので、こちらよりどうぞ)
内モンゴルの通遼市庫倫旗地方は12月、1月が最も寒くなり気温が-20度から-30度近くになります。
現地の貧困家庭のこども達は石炭の燃料代は払えないので牛糞、山羊糞を袋に詰めて学校へ燃料として持って行きます。
各家庭でのオンドル(床暖房)、煮炊きの燃料も家畜の糞を使っています。
インフラ整備、緑化が進すみ現金収入増に伴い、石炭燃料、暖房が増えることで多くの有害物質が大気中の放射され、やがて黄砂に付着して日本へ飛んできます。
私にはこの矛盾を解決する手立てはありません。
太陽の光が多い、黄砂を巻き上げる広い沙漠の大地では電柱も電線も入らない一年中無料で与えてくれるエネルギーを利用した太陽熱、風力発電が有効だと思っています。
学校も12月28日から立春と旧正月が過ぎ、やがて暖かい光が輝き始める2月末まで長い冬休みに入りました。
厳冬下での農牧民は家畜の放牧も農作業もなく、こども達も家庭での手伝いもないので冬休みの間に日本語を覚えるために家から2時間も3時間も沙漠の中を歩いて額勤順(ウルスン)街の柳叶さん(現地通訳兼スタッフ)の家まで通って勉強します。
最近、蒙古族の中学、高校でも外国語として英語の勉強が盛んになって来ました。中国語が不得意なモンゴル族のこども達が英語を一生懸命勉強しても中国語中心企業では良い就職先は数多くはありません。
こども達に日本語を勉強させて就職先として上海、大連、瀋陽等の日系企業を紹介してあげる事により家庭への仕送りが可能となります。
子ども達もモンゴリ(蒙古櫟)も大きく成長し始めました。やがて緑の多い、優しい環境を作ってくれると思います。
             加油
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by DONGURI-MONGORI | 2007-01-07 22:38

東と西 南と北


明けましておめでとうございます。
正月、雑煮に白い柳(家内喜)の箸で食べる餅の角と丸。名古屋より関東が角餅、関西が丸餅と言えそうです。東角西丸です。汁も関西、徳島、香川と北海道の味噌味以外はしょうゆが中心です。
餅は本来望月、鏡を表し、福を丸め込む丸餅が主体でした。徳川家康が江戸を開き、全国から沢山の人が集まり長屋が発展しました。やがて手間を省くために賃搗(つ)き餅屋がはやり、丸餅より簡単な伸し餅を切って食べる角餅が主体となり関東では角餅が主となります。
角餅は焼いて膨らませ角を取り、福良ませてから汁煮入れておいた菜っ葉の上にのせて食べて名を上げる、餅だけ食べて菜っ葉を残し名を残す武士文化(我が家は横浜出身のサラリーマン家庭でしたので)もありました。
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人が沢山集まる江戸では前もって仕込みをしておく江戸前の寿司、立ち食い蕎麦、蒸してから焼く鰻、最初から小麦粉を溶いた中に具を入れて焼くお好み焼き、関東煮等の食文化が発達しました。
寿司、鰻、好み焼き、おでん等、関西では手の込んだ作り方をしますので大坂人から見ると東京人は忙しない人が食べるものスナック食品です。
この他にも東の鮭文化と西の鰤文化、東の白ねぎと西の青ねぎ、肉の消費量も北へ行くほどの豚肉が多く南へ行くほど牛肉が多いそうです。
国民医療費も愛知、福井、和歌山が平均値で西が多く東が少なくなる傾向だそうです。食文化、習慣と地域面積当たりの老人の数、医療機関の数と関係がありそうです。
食文化が東日本と西日本を分ける新潟糸魚川ー静岡の構造線フォッマグマ断層を境に基本的に大きく違っていたものが江戸が開かれると庶民から発展した東の食文化、武家から発展した西の食文化が天下分け目の関が原合戦以降、より明確になった事に興味をもちます。
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東の人と西の人が結婚し、名古屋に住を構えた家庭での正月の雑煮は角ですか?丸ですか?
昨年の暮れに関が原で蕎麦を食べた時の薬味ねぎは白と青が混じっていました。
今年も食文化を求めて猪突猛進で沢山のところへ行き、沢山の人に会って、沢山食すことが出来るようウォーキング〔車ですと直進ですので文化は勉強できません〕に励みます。
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by DONGURI-MONGORI | 2007-01-01 22:28